記録

さぼてんライブat福島

Iida_178_6   6月20日(金)23時

地球(Gt)が福島から車で迎えに来て出発する。

太陽(Ba)も木星(Dr)もテンションが高い。

地球が福島に帰って公務員になる。まさかこんな形で再びライブをするとは思わず。

東京まで迎えにきていただき申し訳ない。

夜の高速道路は心地よい。

神田での1st Liveの音源を聴きながらむかう。

誰にも増して自分のリズム感のなさにびっくりする。

テンションは高いが何を言っているのかよくわからない。

気づくと既に6月21日(土)になっている。

時間と流れとは罪なものだ。

深夜3:00に地球宅で宿泊。4人での雑魚寝は、妙に楽しい。

地球の両親が起きるのに木星が気づく。

9:00に朝食を頂く。イチゴがうまい。

UFO(自分)も太陽も木星も30分以上前から実は起きていた。

こういう時の気づいているのに、気づいてないフリをするのがなんとも情けない。

11:00。会場について設営を手伝う。

見渡す限りの大自然のライブ会場。

15:00くらいまで設営準備をする。

時々、木陰でずる休みをする。

元同じ劇団の増子がきて、一緒に飯を食う。

通り雨が通る。

増子が飲み会のために帰宅する。

何のために来たのだろうと思う。

ライブを聴いていってください。

木村カエラ風バンドがライブをする。

忙しくて準備らしい準備もしないままパッと自分達が出る。

心地よい感じだ。

自然の中は元気が出るといいたいが、わりと緊張して自然を見回す余裕がない。

冒頭で小咄をするがすべる。

演奏時間、正味20分。そんくらいがちょうどいい。

自分達のライブ直後、大雨が降ってくる。豪雨で雷鳴も轟く。

まさにイナズマンロックフェス。天災というのは怖いがとてもドキドキする。

他のバンドはこの日のために練習してきただろうに、どうなるのだろうか。

身動きがとれぬほどの豪雨。

機材も濡れては困るとビニルを覆う。大変だ。

18:30が過ぎて夏至といえど少しずつ暗くなってくる。

雨の中、残りのバンドが演奏を始める。

格段にうまい。天気も彼らもロックという感じだ。

高校生が歌うモンパチに女子高生が集まる。

うらやましい。

そういう青春もあるのか。

キャンドルナイトイベントなのに雨で火がつかぬが、他の何か憑いたようだ。

you lie

終焉後、数キロ程移動するとカラカラの晴天。

山の天気はわからぬものだ。

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賞を貰う

シアターシャインさんから賞を貰った。

去年も貰ったし、ありがたいことだ。

授賞式が劇場となりの中華屋でひらかれたのだが、知っている人がいてびっくりした。

Yさんはすげぇ昔に知り合っていて2年ぶりくらいにあった。

そして次やる舞台は1回目とも2回目とも毛色の違うものをやろうと思う。

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1月6日のライブ結果

首を振りすぎてムチウチ状態になっていた。

痛い。

さぼてん2度目のライブで、初タイバンだった。知らない人たちと一緒にやるのはなかなか面白い。

次はもっと演劇的な方向でいったらどうだろうとライブハウスの斉藤さん(昔のバイト仲間)に言われた。

なんだかぐるーぷ魂みたいな方向に行くことになるなと思う。

古くはイエローマジックオーケストラとかドリフとかクレイジーキャッツとかだ。

音楽とお笑いはきっても切れぬ関係なのだろう。

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fractaleの感想

いろんなことが勉強になった。

役者の普段のキャラクターとストーリーを融合して作品を作ろうと思いつつやったのだが、途中から当てはめることになってしまった人もいて反省だ。

いろんなジャンル(落語研究会の人、様々な劇団の人、ラーメン屋の人等)の人間を呼ぶことは『南の島の葬儀場』同様とても楽しいことであった。

それぞれに短所と長所がある。

指針として方法論(エチュードとか台本とか)は勉強していけばよくて、まずは現在抱える自分の課題を念頭に置いてつくろうと思った。

普段あまり褒めない友人がチラシと当日パンフレットをボロクソに中傷してったが、作品はまずまずと言って去っていった。

観客の評価はもちろんそれぞれ違うのだが、小説で小さな賞をとった友人の指摘は大体なるほどと思わされる。それがうれしかった。

1月6日に上野センセーションでバンド『さぼてん』のライブをやります。

詳細はまた更新します。

それでは本年もよろしくお願いします。

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4日目

久々に家に帰った。

舞台は揺れながら進んでいる。水、木、金、土でやっと初日を迎えた。

元所属の箱庭の僕を知る人からは箱庭の劣化と言われ、演出助手でついたjorro関係の人からも劣化コピーと言われた。

動物の国と鳥の国が戦争する童話に出てくるコウモリのような感じだ。

まぁそれは仕方のないことでどちらの影響も受けているし、自身の構成の仕方は箱庭をとっているし、シーンの作り方はjorroのをまねている。

本人の弁は何の役にもたたない。

何の影響を自分はうけているのだろうと残り1日で考えると雑身が多くて整理不順だ。

4日目にぼんやりと形が見えた気がした。

前回2006年作品はロックな五十嵐と言われ、今回はナイーブさが出たと言われた。

言われるのは言われる。

あと1日、ド年末ですがよろしくお願いします。

ただ好きな人は横尾さんと三島さんと細野さん。

これはあまり変わらない。

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小屋入りした

なんか稽古終盤で朝から晩までになるとかなり大変だが、そのまま突入してしまった。

そして今日、初日だ。

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ごたごたと出演予定者に会う

やばいが色んな人と会うのは楽しい。ってそんな場合ではない。

先日一人、女優さんと高田馬場で会った。

実は金銭不足でバイトに行くのも一苦労な状況であった。

秋の都営線1日フリーパス等を有効に活用せねばならない。

先日昼に一人、女優さんと西荻窪で会った。稽古場と舞台でしか話したことないけど、あー話易い人も世の中いるものだな。

キャチングがうまい人はいい捕手になれるだろう。

目上だったりキャリアが先輩の方を誘うのは緊張する。

台本、稽古場の確保や制作業務、面倒くさまやよいだけど、仲間って何だろうかとたまに思うが関わる人皆仲間である。

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だいぶ遅れたけれど賞をもらう

2006年度シアターシャイン演劇奨励賞なるものを2月にもらった。

ありがたい話である。

感謝であります。

まるひと月遅れての発表だけど、まぁいいか。役者さんの扱い方をもっと上手にならないといけないなと思う。台本ももっと早く書けるようにならないといけないなと思う。

思うことはいっぱいだが、行動に移さないどうしょもないので映像を撮ることを決めたのだが、これまた一苦労そうである。

わぁー頭の中のもやもやが、霧でもやっとしているYO。

霧をとるのは温度をあげるしかなく、太陽を使うしかないYO。

太陽って何YO?

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第1回目のプロジェクト『演劇』の結果報告

を少し。

難しいですね色々と。

どの分野でもそうだとは思いますけど、勉強だなこればかりは。

そんなことを言っているのが相当に危うい己の立場を形成している。

自分でも相当凹んでいるので言われた分の注意だけは拾おうと思う。

エドワードサイードのドキュメンタリーを芝居が忙しくて観にいっていないので今日行こうかと思う。

3月中に短編映像10分くらいのを撮るぞ。課題が10分なのだ。

短いよぉ。

と思いつつも良い写真は物語を感じさせてくれる。

2006年はアンリカルティエブレッソンという写真家を知ることができたことに感謝しよう。

そして彼の冥福を祈ろう。

「アンリ! 何でHを読まないの?」

ニャー。

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前説

残すところ後1日になったしまったにゃん。

なかなか難しいなぁ。

前説というのは中々難しく遅刻した山内君に実験的にやらせてみた。

お芝居同様に主催側の思惑と観客の感想、判断にはずれがあるものだと改めて認識。

まだ何も始まってはいない。

始まっているけどいない。

頑張ろうかと思う。

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木曜日は

映画監督兼俳優の利重さんがきてくださった。

オープニングでラジオを流すために付き合ってくださったのだ。

勿論、観劇いただいてその後少し飲みに行った。

一緒にベリーダンスの先生をしている大竹さんと3人でいって、あれやこれやと話す。

残りでどのくらいまとまるかだねとフォローをいただく。

続けたらいいよと言われる。

やめないで続けるというのはなかなか大変なことで、大事だなと思う。

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小屋ってこやこや

午前中に舞台監督の渡辺君に阿佐ヶ谷で会い、午後から御茶ノ水行ってそこから、1回竹芝桟橋に移動し、夕方に練馬春日町へ移動する。

そして今から当日パンフレットを作るす。

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小笠原日誌終焉

小笠原は12月の芝居のための取材と映像撮影を兼ねた旅行だった。

といいつつ半分以上遊びのようになってしまった。

そして、この文章はリアルタイムで書いたものでないので、今の五十嵐が過去の五十嵐を少し分析した結果、酔っている。

大概、五十嵐は旅行に行くと酔っている。1つの意味で。

「美しい」を異様に連呼している。

イガは、人とのコミュニケーションの難しさ大事さを感じたようだ。

イガラは、ここでも世界遺産登録の一長一短を感じたようだ。

イガリは、パンツを2枚しか持っていかず、風呂場で手洗いしていたようだ。

イガルは、海水パンツを持っていかず2枚のパンツが海パンにもなったようだ。

何か客観性を持たせるために文章中、自分のことを五十嵐と書くのを多くしていたら自己顕示欲の塊みたいになってきたのでイガチョと呼ぼう。

変わらないか。

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7月17日小笠原日誌

8:30よりボートに乗り小笠原周辺を回遊する。

船はまずイルカを探す。そうイルカと戯れる日だ。

すごい!まさか自分がイルカと海の豚とガラスを挟まずに接する日が来るとは。

皆さんごめんなさい。

すごく胸が高鳴りました。ディズニーランドやサンリオピューロランドに夢や希望を持っている人には申し訳ないが、それらをテポドンで破壊されるよりイルカを殺される方がイガラシは悲しい。

「はー、かわいい」五十嵐が言うのはきしょいが、海に入りイルカに近づくのがこんなにも「君に胸キュン(YMO)」なものとは思わなかった。

勿論、太平洋のイルカなので野生である。サメに咬まれて傷があるものもいる(ガイドが言っていた。ガイドは昨日もこのイルカを見たらしい)。P1000437

南半島イルカという種類らしい。海中にカメラを持っていけないのが残念である。イルカの群れの傍までボートが近づき、そこで我々は海へ放流される。ワレは鮎か!

すぐに群は移動するので対峙するのは30秒程度であったが素晴しい。海面にいる五十嵐の水面下を(当に!)通っていく。

その映像が脳に刷り込まれた。今こうして思い出すことにより、さらに深く刷り込まれるイルカ映像。

本当は南の島のもっと嫌な部分を覗こうと思ってたのだが、南国サイコーになっている。

イルカウォッチングも終わり、底の浅い(といっても5mくらいはある)海中公園へ案内される。まぁ公園といっても美しい海ただそれだけ、ただそれだけがべらぼうにすごい。

お魚さんありがとう。べら坊さんありがとう。

20分程度自由に泳ぐ。海の中ってまじすげー。描写の稚拙さが五十嵐の興奮を伝えていることを祈ります。

その後、南島という父島の南西に位置する1日限定150名という上陸制限まである島に行く。宿に長澤まさみの写真集が置いてあったが、この島で撮影したに違いない。

同じや。P1000463

珊瑚の隆起で出来た島のため浜がまっ白。そして緑も美しい。1度、アメリカの占領下時代に島の動植物は全滅したそうだ。本当か?

ハートロックという♡形の岩を最後に見て一旦父島に帰る。

P1000456 そしてすぐさま父島から東京へ向け出航する。

船から見る夜空も美しい。

船で同宿の人たちを見つけ混ぜてもらう。4人で楽しそう語っていた。地磁気を観測している方、地球科学?海洋研究?している方、植物学を研究している方、陶芸家と千差万別でおま。

自分と全く接点のない分野の方というのは魅かれる。聞く話、聞く話、しらねーことばかりで面白い。

気づくと時が経ち、デッキの上から船内の談話室へ移動した。

そこあからまた3時間が経ち、各々寝室へ戻っていた。

会話というコミュニケーション手段は緊張を緩和するのに最適だ。五十嵐は人との会話が本当に不得手だが、ただ旅先ではよくしゃべる。

本人が言うのもなんだが、よくしゃべら、しゃべり、しゃべる、しゃべられ、しゃべれ疲れて寝る。

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7月16日小笠原日誌

「今日何をしたの?」と問われても、うまく答えることのできない日だった。

ことが思うように運ばぬ日だった。

旅には目的のあるものと無いものがある。

そして仕事のある日だったりOFFの日だったりする。

今日はある日のはずだった。1日中、島民と接触し会話し探る日だった。

旧都立大学の施設に行くのが良いとの情報を手に入れ向かった。

「旧島民の生活を知りたいです」と思慮に欠ける発言をしたため、苦い顔をされた。

「それは差別的意見であるから、私はそういった研究はしない」と言われた。

確かにプライバシーの侵害であり、少ない滞在期間の旅行者に勝手に物事を決め付けられては困るだろう。別にジャーナリズムというほどではないが、その端にひっかかる出来事のように思う。

重度の差はあれ、対象となる人間がいてそれに質問をし何かしらの情報を得るという行為はあざといっちゅうか、いやらしい行為である。

判別と差別の違いはいつだって難しい。

日常生活も小さな判別と差別の繰り返しな気がする。五十嵐の発言は差別的と捉えられた

では「島民の暮らしを知りたいです」だったらOKだったんだろうか?

少し緩みを持たせた発言だ。答えてくれたかもしれない。

つくづく変だなと思う。

自転車に乗ったは良いが乗っただけで午前が終わり、気づくとレンタサイクルを返す時間になっていた。

気づくと16時を回っていた。

ウェザーステーションに行く道を途中で左折すると墓地がある。

そこへ行き一通り拝む。

P1000416 墓にも種類がある。西洋系のモノ、アルコールばかりお供えしてあるモノと数は30前後と少ないながらも多種多様である。こんなところも東洋のガラパゴスである。供え花も菊に混じりハイビスカスなどがあり南国らしく色鮮やかであった。

丘陵にある墓地群を過ぎ山の上まで上ることにした。また塹壕のようなものにであった。そらに進むともう1つの墓地群に出会った。

P1000421 そりゃそうだいくら歴史の浅い島と言えど30しか墓がないわけがないではないか。

そして墓は美しかった。整備されておらず非対称に幾つも並んでいる。今度は木製の十字架もあった。写真も撮ったが、代わりに全て拝んだ。

見落としがあるかもしれないのしれないので一通り拝んだ後、全墓石に向け大きな礼をし冥福を祈った。

山の上まで上ると崖になっており、下はやはりマリンブルーの海。帰り際にガードレールの外側にも獣道のようなものを発見する。

また戦跡かもしれないと思いガードを跨ぎ藪へ入っていくとオカヤドカリを見つけた。

更に進むと、また墓が見つかった。今度は日光もほとんど差し込まないくらい狭いスペースである。森の中の一画にぽつんと数個だけ並んでいる。

山1個墓なのかしら?拝んで下山した。妙に清清しい気分になった。

こんなことを言ってとり憑かれたらシャレにならない。

書き忘れたが朝5時チャリでサイクリングをしていたら海がめがいた。すごい!

P1000400 産卵中だよ多分。違うかしら?

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7月15日小笠原日誌

上陸2日目。朝飯がうまい。

朝からユースホステル付近の映像を撮る。日に日に地肌が黒くなっていくのがわかる。

IさんT君ありがとう。肌焼けてごめんなさい。

30分程度で撮影終了。すぐ傍の浜に行って泳ぐ。浜は遠浅で良いのだが、砂、石、砂、石がランダムに並んでいるので一苦労する。

泳ぎ疲れた・・・という程泳いでいないが、スーパーで弁当を買って青灯台の下で食らう。

4匹の黒レトリーバーと小さいコーギーが泳いでいる。

五十嵐よりも上手い。訂正、コーギーは泳げずウロウロしている。

午後は自転車を借りて山をひたすら上る。多汗症の本領を発揮する。T君の肌は直射日光によって赤く爛れ皮膚病のようになっている。やばひ!

山を越え島北東部の海岸に着いた。パンツで入った。

透明度が素晴しくどこまでも水底が見えた。

P1000368_1 午前の海岸とは違い、珊瑚らしきものが岩に混じっていた。

人もほとんどいないし、これが湘南ならどうなっていたことやら。

すごいところ(良い意味)に来てしまった。

只、やはり公衆トイレは汚かった。

夕刻、ウェザーステーションという山頂にある施設に夕日を見に行った。自転車を押しながら坂を上っていると脇に「第二小笠原砲台跡」という看板があった。

P1000372_1 林の中へ入るとジャングルみたいや。てかジャングルや。

奥には台座だけが鎮座されていた。

ラバウルに行きたいです水木先生。

ウェザーステーションに着くと人だらけである。昼間に見かけた犬もいる。カメラを向けると吼えられた。ワン!

P1000375_1 日が沈むのは美しい。

ほぼ太陽が隠れると人も減ったので最後の撮影をした。そして、この映像は使わない。

意味のないことはやはり好きである。

水平線の彼方に日の残光までも沈むとかなり暗い。数分間で空の色、海の色、180度変化する。関係ないが、ガッツ石松はテレビで「状況が270度変化した」という表現をしていた。1周もしていない。ガッツはやはり面白い。

日が暮れた後の下り道は恐い。自転車は暗闇のジェットコースターに変わる。

5回くらいカーブを曲がると街の明かりが遠くに見えた。ペルー同様に単色であるが美しい。一旦停止から、一気に加速し麓まで下り、そのまま飲み屋でカンパーイ!

ビールがうまひ。

宿に戻り昨夜のラムを再び飲む。

常連客に「おとうさん」と呼ばれる定年を過ぎたおじさんがに話を伺った。

「僕は他の島も回ってるんです。島好きですから、沖縄の端っこ、奄美、あぁー佐渡なんかもいった。日本の島はだいたい行きました。最近は2箇所セットでまわるんですよ。小笠原とどっか」

何でここなのか聞いてみた。

「沖縄の海もここと同じくらい綺麗ですよ。ただ鯨の数は圧倒的にこっちが多い。そして1番の理由は不便だから。1日1便出るようになったら来ませんよ、週1回だからいいんですよ」と。

「便利さだけが建築の目標ではない」安藤先生の言葉が脳の裏に浮かぶ。キューバリブレを飲んで眠る。

あとがき・・・2つ目の写真は台座すら写ってないっす。申し訳ないです。ユースホステルにはマスターキートンが置いてありまして毎日読んでました。素晴しい本棚です。

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7月14日小笠原日誌

P1000334 上陸する。人だらけだ。

後で聞いた話によると今回の乗客数は450人。このシーズンにしては多いらしい。今日は船の乗降口は1つだったが、500人を越えると出口が2箇所になるらしい。

あ!そういやもう1個扉があったかもしんまい。

ユースホステルのヘルパーさんが出迎えてくれた。「忍たま乱太郎」のキャラしんべえ似の女性で眼鏡を外したらそっくりである。さすが1000キロ。

着く前から船で大騒ぎしていたが、やはりすごい。

青い。マリンブルーでビューチフル。マリンブルーの海なんて絵の具でしか見た事ねぇよ。

宿につくと3人での宿泊のため本来ドミトリー形式のところ、和室を用意してもらう。ラッキーだ。

荷物を置き食堂へ。

高い!なんだか物価が高いようだ。ランチのオムライスが800円。まぁ本土でもそのくらいするところもあるだろうが、だいたい田舎は安いもんだと思っていた。

でもうまい。T君が亀定食を食う。分けてもらわぬ五十嵐。いくじなし。

一緒にいた60過ぎの夫婦と食ってるうちに仲良くなり島の情報を色々とゲットする。

やはり物価は高いらしい。出身は葛飾で移住して7年。旧島民と新島民の間にはギャップがあるらしい。

歴史を調べるのは相当に面白い。

東洋のガラパゴスとは言われるものの悲しい歴史も背負っている島である。

そのまま食堂でバイクをレンタルする。半年以上乗っていなかったので相当恐い。数分後、「バイクは楽しい」に変わる。

とりあえず南下し花葬場に向かう。あ!硬筆なので「火」と「花」を間違えた。

いい間違えだなと思う。見て撮って写して、コペペ海岸へ移動する。

やはり可笑しい。「コペペ海岸」って日本の地名じゃねーだろ!

迷いながらも島を周る。

地図を持っていたが、一般道が青、遊歩道が水色と判りにくくできている。途中、あまりの暑さに「オレンジハウス」というペンション兼カフェに立ち寄る。

良い感じのオーナー?マスター?だ。品があり、寺尾聡みたいだ。出身は多摩。

昨年開通予定だった高速船用の港の傍に店を構えたらしい。計画はおじゃんになったため暇らしい。オープン前に流れたのは知っていたが、年も年だしまぁいいかと思い開いたらしい。ここの犬は皮膚病で無残であるがご近所さん(けっこう遠い)の犬は、桃太郎にしそうなキュートかつ美人あった。どんなイメージだ五十嵐。

渡航費の話題になる。「歳をとると地べたに寝るのはきついからね。せめてベッドぐらいには寝ないと、ただ夫婦でしょ。倍でしょ」

あーヨーロッパに行けてしまう値段だ。

その後、島を回りながら様々なものを見つける。国立天文台。アンテナでか!

たまたまアンテナが回転するタイミングで訪問したらしく、向きを変える瞬間に立ち会えた。ラッキー。

崖から遥か下の藪中に白黒の物体が見えた。ヤギだ。外来種らしい。食用で持ち込んこまれたのだが、他の世界と隔絶された土地であるため、天敵がいないらしく野生化したらしい。

昔、童話か何かで読んだ気がするヤギの崖下りシーンを生で見る。

スーパーで買出しをして宿に戻る。

夕食を食らう。うまひ。かなり大勢の宿泊客である。

ただこの3日間が過ぎると島の人口が数十パーセント落ちるのだ。「おがさわら丸」が港にある間、島は活気づく。つうか2000人の島だから500人の乗客として、25%増して20%ダウンか。

「2航海いれば静かな島も見れますよ」言われ、見たいと思う。

パッションフルーツで作られたラムとコーラでキューバリブレを作り飲む。アッパラパーになったため他の客と何を話していたか憶えていない。

気づくと座敷に1人、時計の針は3時をさしている。フラフラしながら階段を上り就寝。

あとがき・・・偏見や差別的表現がございますが、日記を書いた時そのままに載せております。この数日後、五十嵐は「あ!不適切やった!」気づきますのでご了承下さい。申し訳ございません。そして写真は船の中から撮った海の写真です。

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7月13日小笠原日誌

人生とは旅であり、旅とは人生である。中田英寿のパクリからこの旅は始まった。

目的地は船に揺られ1日と数時間、遠い。

am6:00竹芝桟橋に集合しスタッフと出演者とごちゃごちゃ動き回る。

船は予想以上に巨大だった。船だけで、この旅は収穫があったんじゃねーかと思う。まぁ実際、旅費の8割が渡航費なのであってないことはない。

グァムやサイパンなら宿付でいけてしまう値段だ。何でそんなところへ行くのか?と自分でも思うが、無駄なもの程価値があると考えているので問題はない。

とにかくでかい。上から幾重もの層に分かれ、特等室、特1等、1等、特2等、2等の6種類の部屋に分かれている。自分たちの泊まる2等は船底の方にあり、部屋と言うよりヘルスセンターの休憩室。マットの上にシーツとマクラがあり、それぞれ番号がふられており1~400まで並んでいる。

室じゃねー!!と少し怒るが、ヘルスセンターの休憩室が快適なように雑魚寝ではあるが温度は快適であり、十分眠ることができる。

それに船の揺れが眠りを誘う。は!羊水にいたころの感覚ってこれか?!と思うが、多分違う。

話は飛ぶが予想通り、船内の物品は観光地価格である。缶ジュース1本160円。高いが買ってしまう。ぼろい商売である。

いつもよりおいしいかと問われれば、そうでもないと答えてしまう。なっちゃんはなっちゃんだ。もう少し旅の魔力に侵されれば、うまく感じるに違いない。

同行した2人は眠っている。

寝過ぎじゃねーかと思うほど寝ている。立つと船酔いで気持ち悪いらしい。

その点、五十嵐は元気だ。

ア!日付が変わった。

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