5/16 子どもらにほれる

5月16日、臨時の先生として東北新幹線に乗って子供のレッスンに行く。
リレー童話という「あたかも読書」にも似たゲームをする。
そこで気づいたことがある。
授業は幼稚園、小学校低学年、高学年、中学生以上と年代によってわかれているのだが、年齢が上がる方が話の内容が面白いのだ。
小さい年齢の方が支離滅裂な物語を紡いでいくのだろうと私はイメージしていた。
しかしそうではなく、低年齢の方が繰り返し同じ話をループしている。
これはちょっとした衝撃だ。
物語を構築するには経験や言葉がいるのか。
またのめり込むはまると抜け出せないのも子供の特徴かもしれない。
そうかだから親は必要なのか。
自身の幼少時はもっといろいろ話せたのだろうという思いがあるが、きっとそうではなかったのだろう。
子供から大人になるってのは今もよくわからない。
この日の体験は貴重だ。
子供達の笑顔に惚れたとか言うと嘘くさい。
大勢の前で話をする機会があまりない近頃、子供達の目を見ると透き通ってみえる。
動物に近いってことか。
動物は欲望を持たない、いや持つ、持たない、持つ・・・きりがない。
世の中に真実はない・・・だろう。
強調は説得力を薄れさせ、真実をどこかに追いやってしまう。
はぁーまた会いたいな。
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